飽き性&意志の弱い人間の奮闘記7

身体の調子が良くないので、測定は少しお休み中です。復活したら再開します。

またまたダイエットとはあまり関係のない話になってしまいますが、今回は「優しさ」についてです。私は自分で自分のことを冷たい人間だなと思う時があります。周囲の人間は優しいねと言葉をかけてくれます。でも違うんです。その人たちから見えている私の優しさはしょせん『取り繕った優しさ』なんです。慈悲深くもなんでもない、見返りを求める優しさです。

一度考え始めると止まらない性分なので、じゃあ優しさって何だ???とぐるぐる考えた中で私は出したのは優しさって、結局他人から見た尺度の問題では?という答えでした。全然答えになっていないかもしれませんがどうかお付き合いください。

例えばAさんBさんCさんの三人がいたとします。それぞれが思う優しさについて答えてもらったところ、

Aさんは「困っている人を助ける」のが優しい

Bさんは「自分のためを思ってあえて叱ってくれる人」が優しい

Cさんは「皆が嫌だと思うことを率先してする人」が優しい

だったとします。何をもって優しいと見なすかの基準は千差万別ですから、個人の見方次第で一人の人が優しい人にもそうでない人にも分類されるわけです。

その人にとっては考えるまでもない当たり前のことが、他人にとって当たり前ではないからその人の何てことない行為に「優しい」のラベルが貼られて、そうやって多くの人に貼られたラベルが「優しい人」を作り出すんでしょうね。一度自分の思う優しさについて考えてみる機会があっても良いかもしれません。

心身共に余裕のある人間になることを次の目標にでもしましょうか…ではまた次回。